大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(う)2592号 判決

被告人 宇佐美勇

〔抄 録〕

本件起訴状の記載によれば、その公訴事実は「被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和三三年一月八日午前一〇時三〇分頃自動三輪車栃六あ〇五六九号を運転し、後部荷台右側アングル附近に安生光三(当六八年)を乗せ、幅員約五、六米の鹿沼市日吉町八七七番地先道路を西鹿沼町方面より上日向町方面に向い時速約三五粁で進行中、前方約七四、三米の該道路左側を同一方向に進行中の自転車を認め、更に前方約一五〇米の該道路右側を反対方面から進行して来た入江健誌の運転する自動三輪車を認めたが、このような場合被告人としては右自転車を追い越すと同時に右対向自動車と擦れ違うことが予想される上、同所は狭隘な道路であるから、徐行するだけでなく、対向自動車との間隔に留意し右自転車の追い越しを一時中止し、三者擦れ違いの際の接触等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、これを怠り、対向自動三輪車と約二六米に接近した際、時速約三〇粁に減速したのみで対向自動三輪車との間隔に留意せず、先に右自転車を追い越し得るものと軽信し、ハンドルを右に切つて追い越しを開始したため、被告人の自動三輪車運転台右側及び荷台右側及び荷台右側アングルを入江健誌の運転する自動三輪車荷台右前部角に衝突させ、よつてその衝撃により右アングルを損壊させ、前記安生光三の頭部にそのアングルを激突させ、同人に対し頭部打撲症内出血の傷害を負わせ、そのため同人をして同日午前一一時四五分頃同市下田町一〇三三番地上都賀病院において死亡するに至らせたものである」というのであつて、これに対し原審は、被告人は本件当時道路の左(南)側を進行していたもので自動三輪車が衝突した地点も道路中心線より左側である。又伊佐野喜市の自転車を追い越し且つ入江健誌の運転する自動三輪車と離合する際被告人は響音器を吹鳴らし速度を時速三五粁から三〇粁に減速する等相当慎重な運転をしているのに反し、入江健誌は技術未熟の上緊張を欠き、自己の進路を左側に避譲し得たのにかかわらずその措置を執らず時速約四五粁の高速度をもつて直進し、しかも道路中心線をおかしたため本件事故を若起しているのであるからこの事故は入江健誌の業務上の過失により生じたものであつて、被告人にとつては不可抗力というべく、被告人が対向自動三輪車との間隔を顧慮しなかつたことは被告人の過失とはいえない。更に、接触事故を避けるため被告人が一旦自転車の追越を中止すべきであつたとの検察官の主張については、高速度交通機関の特性に鑑み本件の場合酷に失するから賛成し得ないとなし、結局被告人を有罪とすべき証明がないことに帰着するとして被告人に対し無罪の言渡をしたものであることは原判決の記載によつて明らかである。

よつて案ずるに、被告人の検察官に対する供述調書二通、原審第二回公判調書中証人伊佐野喜市、同入江健誌、同大貫和儀、同阿部泰乙の各供述記載、当裁判所において取り調べた証人入江健誌、同阿部泰乙、同大貫和儀に対する各証人尋問調書、司法警察員、検察官の各実況見分調書、原審の検証調書、当裁判所の検証調書、医師石島福昭作成の死体検案書を綜合すれば、被告人は、自動車運転の業務に従事するものであつて、昭和三三年一月八日午前一〇時三〇分頃自動三輪車栃六あ〇五六九号を運転し、後部荷台に安生光三(当時六八年)を乗せ、幅員約五、八米(有効幅員約五、六米)の栃木県鹿沼市日吉町八七七番地先道路を西鹿沼町方面より上日向町方面に向け時速三五粁で西進中、前方約七四米の該道路左側を同一方向に進行中の伊佐野喜市の搭乗する自転車を認め、更に進行して自転車との距離が約五〇米となつたとき前方約一五〇米の該道路右側を反対方面から時速約四〇粁の速度で進行して来る入江健誌の運転する自動三輪車を認めたが、右自転車と約一〇米、対向自動車と約二六米に接近した際、時速を約三〇粁に減速したのみで対向自動三輪車との間隔に留意せず、先ず右自転車を追い越した後対向自動三輪車と接れ違い得るものと信じ、ハンドルを右に切つて追越を開始し、自転車を追い越し終つた頃、被告人の自動三輪車運転台右側及び荷台右側アングルと入江健誌の運転する自動三輪車荷台右部角とが衝突し、よつてその衝撃により右アングルを損壊し、そのアングルが安生光三の頭部に激突し、同人に対し頭部打症内出血の傷害を負わせ、そのため同人が同日午前一一時四五分頃同市下田町一〇三三番地上都賀病院において死亡した事実を認定することができ、原審並びに当審おいて取調べられた証拠中右認定に反する部分は措信し難い。

そこで右衝突事故が被告人の自動車運転者としての業務上の注意義務の懈怠によつて生じたものであるかどうかの点につき検討して見ると、前掲各証拠によれば、被告人の自動三輪車が同方向に進行中の伊佐野喜市の自転車への距離約五〇米の地点に至つたときを前方約一五〇米の地点を反対方向より時速約四〇粁の速度で進行して来る入江健誌の自動三輪車を認めたのであるから、自動車運転者として被告人は自己の自動三輪車が自転車を追い越すと同時に対向自動三輪車と擦れ違うことを当然予想し得た筈であるということができ、同所は全幅員五、八米の狭隘な道路であるから、自転車を追い越し終るときには被告人の自動三輪車は道路の中央附近を進行しているであろうし従つて対向自動車との間隔も極めて接近するに至るであろうことも予想し得た筈であり、かかる場合には対向自動三輪車と接触衝突等の事故を惹き起こす虞があることは当然であるから、これを防ぐためには単に警音器を吹鳴し徐行するだけに止まらず、対向自動車との間隔に注意し、自転車の追越を一時中止して対向自動車との擦違いを終つた後に自転車を追い越す等の措置をとるべきであつて、しかも被告人の自動三輪車が自転車との距離約一〇米に迫つたとき対向自動三輪車が約二六米に接近したのを認めたのであるから、ここに至つてはもはや先ず自転車を追い越した後自車を道路の左側に寄せて対向自動三輪車との間隔を十分にとつた上これと擦れ違うことは殆んど不可能といつてよい状況に立ち至つたものというべく被告人としては直ちに停車しなければならなかつたのであつてそれは自動車運転者としての業務上の注意義務であるということができる。然るに被告人は自車の速度を減じたとはいえ尚時速三〇粁としたに止まり対向自動三輪車との間隔に留意せず先に自転車を追い越し得るものと経信しハンドルを右に切つて追越を始めたのであるから、これにより被告人の自動三輪車と対向三輪車が接触衝突した以上右事故は被告人の過失により生じたものといわざるを得ない。しかして当審における検証調書並びに証人入江健誌、同阿部泰乙、同新田忠男に対する証人尋問調書に徴すれば右両自動三輪車衝突の地点は道路の北端より二、八五米の箇所であつて道路全幅員の中央線より約五糎右(北)寄りの地点であることが認められ、原審及び当審において取調べられた証拠中右認定に反する部分はこれを前記証拠に対比し措信し難い。なお、原審は、本件において被告人が接触事故を避けるため一旦自転車の追越を中止すべきであつたとの点につき高速度交通機関の特性に鑑み被告人に対し酷に失するから賛成し得ないと説示しているけれども、自動車運転者の如き危険な業務に従事する者に対して法律が要求する注意義務は通常人に比して大でなければならないのであつて、いやしくも危険の発生する虞のある場合には常にそのなし得べき最善の措置を講ずべき業務上の注意義務があるものであり、本件の如き状況の下にあつては被告人が自転車追越を一時中止すべきであつたことは前説示のとおりであつて被告人に注意義務の懈怠のあつたことは明らかであり、原審の右見解は相当でないといわなければならない。又原審は、本件事故は対向自動三輪車を運転していた入江健誌の業務上の過失により生じたものであつて被告人には不可抗力というべきものである旨説示しているけれども、入江健誌に過失があつたことをもつて直ちにそれが被告人にとり不可抗力であり被告人の過失なしと即断することが許されないことは多言を要せずして明らかなところであつて、被告人に業務上の過失のあつたことは前記のとおりであるから原審の右説示も相当でないものといわなければならない。

果して然らば、本件自動車事故は被告人の業務上の過失によつて生じたものと認めるのが相当であつて、原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

(長谷川 岡崎 白河)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!